佐竹義重

佐竹義重と「関東一の鉄砲隊」――八千丁の伝説より確かなもの

佐竹義重といえば鉄砲。関東一の鉄砲隊、沼尻の八千丁と語られるが、その数字の出どころは心もとない。北条との百十日のにらみ合い、勝ちながら兵を引いた人取橋、そして秋田への国替え。記録をたどった先に見えてくるのは、鉄砲の数ではなく、人と人をつなぎとめる力で家を守り抜いた一人の武将の姿である。

雑賀孫市

雑賀孫市は実在したのか 起請文に残る名と、霧の向こうに消えた鉄砲の男

雑賀孫市は実在したのか。永禄の起請文や本願寺文書、秀吉の陣立書には「鈴木孫一」の名が確かに残る。だが八咫烏の旗も鉄砲五千丁も、確かな史料には見当たらない。信長と戦い、やがて信長に近づき、本能寺の変とともに故郷を追われた男。物語の英雄とは違う、したたかで、ときに痛ましい男の実像をたどる。

仙石秀久

仙石秀久は切腹しなかった——戸次川の敗戦から小諸五万石へ

仙石秀久は切腹していない。戸次川の敗戦で長宗我部信親や十河存保を死なせ、秀吉の怒りを買って讃岐を没収されたが、命までは奪われなかった。高野山へ追われた浪人は小田原の陣で槍を手に戦場へ戻り、信濃小諸五万石の城主に返り咲く。同じ軍監の失態で斬られた尾藤知宣との分かれ目から、泥まみれの再起をたどる。

立花道雪

立花道雪はなぜ「雷神」と呼ばれたのか 輿に担がれ、戦場の先頭へ進んだ戸次の老将

立花道雪が「雷神」と呼ばれたのは、雷を斬った伝説のためだけではない。足の自由を失いながら輿に担がれ、誰よりも先に敵陣へ進んだ大友家の老将。主君の宗麟を涙でいさめ、しくじった家臣を酒でなぐさめ、花を愛した意外な素顔と、生涯名乗ったとされる戸次の名に込めた誇りをたどり、雷神という名の正体に迫る。

織田信雄

織田信雄は本当に無能だったのか 父にも兄にもなれなかった次男が、最後に残したもの

織田信雄は本当に無能だったのか。独断で挑んだ伊賀攻めの大敗、清須会議での冷遇、家康に無断とされた秀吉との講和、転封を拒んでの改易。父にも兄にもなれなかった次男は、茶と能と連歌の場で乱世を生き延び、天童と柏原の大名家として織田の血を幕末まで残した。その生涯から「無能」の評価を問い直します。

武田信繁

武田信繁が生きていたら――八幡原に散った至高の副将と、武田家崩壊の分岐点

武田信繁が生きていたら、武田家の命運はどう変わっていたのか。川中島の激戦において、兄・信玄を守るため八幡原に散った至高の副将・武田信繁。その死は後の義信事件や武田家滅亡へと至る最大の分岐点でした。自己犠牲を貫いた高潔な生き様と、「仁」を重んじ真田信繁へと受け継がれた不滅の魂をたどります。

高坂昌信

高坂昌信はなぜ「逃げ弾正」と呼ばれたのか 退く勇気で武田を支えた男の生涯

高坂昌信はなぜ「逃げ弾正」と呼ばれたのか。財産を失った農民の子は武田信玄に拾われ、北信濃の海津城を守り続けた。巧みな退きの采配で多くの将兵の命を救い、長篠で友と嫡男を失っても敗軍を新しい衣服で迎えた男。『甲陽軍鑑』に遺言を託し、滅びゆく武田家を最後まで支え抜いた「退く勇気」の生涯をたどる。

結城秀康

結城秀康はなぜ「特別扱い」されたのか?天下人になり損ねた男の数奇な運命

結城秀康が徳川幕府から特別扱いされた理由とは?家康の次男として生まれながら秀吉の養子、結城家の養嗣子と翻弄され、天下人になり損ねた男。越前六十八万石の大名となり、前代未聞の関所破りをも黙認された「制外の家」の特権と、出雲阿国の前で涙を流した誇り高き武将の、切なくも壮絶な生き様に迫る。

宇喜多直家

宇喜多直家 優しい冷徹者が背負った血と情愛の防壁

宇喜多直家は優しい心を持ちながら冷徹な梟雄となった。幼少期の困窮と父の愛、乙子城で家臣と飢えを共にした絆が、彼を「無用な死を出さぬための暗殺者」へと変貌させる。家族と家臣の命を守るため天下の汚名を一身に背負い、死の床で息子の未来を秀吉に託した知将の、凄絶なる情愛と知謀の真実に迫る。

小西行長

小西行長の処刑と魂の祈り――切腹を拒み十字架を抱いたキリシタン大名の真実

小西行長は関ヶ原の敗戦によって処刑の座に臨む際、武士の誉れである切腹を拒否し十字架を掲げた。薬種商から海の司令官へ駆け上がり、朝鮮の役では命がけの和平工作を企てたキリシタン大名。加藤清正との確執や家族への慈愛、六条河原で露と消えた壮絶な生涯と、海を越えて語り継がれた祈りの真実に迫る。